第3は、書物(本)や新聞・雑誌、インターネット、TV(映像)や音声(録音したもの)を通じた「勉強」です。
(1)日本ほど気軽に本が入手できる国は少ないと私は考えます。どのような地方に行っても郊外型の大型書店チェーンが存在し、日本中のコンビニエンス・ストアで本が取り寄せられ、大都会になればなるほどその中心部では本格的な大書店が激烈な競争状態にあります。ありとあらゆる新刊本、古書がインターネットで入手可能です。出版表現の自由が、日本国憲法21条によって「表現の自由はこれを保障する」と明確に保障されているために、「検閲」や「出版の差止め」はほとんど見られない世界一の自由度と言えます(わいせつ図画は除く)。書物(本)による「勉強」は「勉強」の基本です。日本は、本人の自覚さえあれば、書物を通じての勉強がいくらでも可能な状況にあります。
(2)インターネットは、国内だけでなく国外の情報を容易に得ることを可能にしました。
 マサチューセッツ工科大学(MIT)では、2006年の段階で、2000の開講科目のうち1400科目の授業内容のシラバスや毎回の講義資料、テストとその解答、授業によってはその映像までをも、大学の知を全人類のためにという崇高な理念のもとにオープン・コース・ウェア(Open Course Wear 、 OCW)という名称のもとで、インターネットで全世界に無料配信、2000科目のすべての完全開放を目指しています。このMITが始めた大学授業内容をインターネットで無料配信する「オープン・コース・ウェア」は、全米、全世界に広がりつつあります。日本でも京都大学が中心となり「日本オープン・コース・コンソーシアム」が昨年結成されました。少しずつではありますが、日本の大学の講義内容がインターネットで無料で公開され始めました。
 私は、2011年のハイビジョン全面導入を境に、日本のすべての教育機関が独自性を高め競争力を増すために自らの生存を懸けて自らの教育内容を「オープン・コース・ウェア」の手法で全面無料公開するようになると確信いたします。世界中でこの動きが一気に加速されますので、日本はもとより世界の「知識状況」は一変します。こと「知識」の分野では、インターネットとこのオープン・コース・ウェアで「国境」は全く無くなり、全面「フラット」化します。この動きを活用できる者と活用できない者との「格差」が、知識基盤社会の最も大きな特徴になると考えます。
 日本では情報のほとんどは日本語ですが、外国では英語になります。そこで、英語での情報が日本語と同じスピードで読み取れ、日本語と同じスピード・充実度で発信できることが不可欠な能力(コンピタンス)となります。「情報を相互作用的に活用する能力」が求められると言えます。
 ハイビジョンを活用したインターネットには映像も音声も含まれますので、2011年のハイビジョン全面導入後、どのような形で勉強に取り組むかを今から考えておくことが大切であると考えます。
 英語の読解能力、とりわけ読解スピードを日本語と同程度までにする訓練を今から積んでおくことが最も肝要と私は考えます。読んで判らない内容は、普通は聴いても判りません。ですから、聞き取りの前提としての英語の読解能力の訓練は重要です。

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